ロバのコラム

『ロバのティールーム 』 https://www.robanotearoom.com のコラムです。

青いサワガニ (3.検証編-4)

前回のつづきです。

青いサワガニ (3.検証編-3)

http://d.hatena.ne.jp/damascus/20150818


前回は下記の2本の英語論文(東北大と首都大学東京)について検証しました。

<論文1>
Minoru Ikeda, Toshiya Suzuki and Yoshihisa Fujio
「Genetic Differentiation among Populations of Japanese Freshwater Crab, Geotheiphusa dehaani White), with Reference to the Body Color Variation」
(Benthos Research Vol. 53, No. 1 : 47-52 (1998))

https://www.jstage.jst.go.jp/article/benthos1996/53/1/53_1_47/_pdf


<論文2>
Tadashi Aotsuka1,*, Tadashi Suzuki1, Tetsuhiro Moriya1, and Akemi Inaba2

「Genetic Differentiation in Japanese Freshwater Crab, Geothelphusa dehaani (White): Isozyme Variation among Natural Populations in Kanagawa Prefecture and Tokyo」

(Zoological Science 12(4):427-434. 1995 )

http://www.bioone.org/doi/pdf/10.2108/zsj.12.427


これらの2つの論文の結論は、
「赤と茶は遺伝子的に近いけど、赤・茶と青は遺伝子的に結構遠くて、サワガニの別種にしちゃってもいいレベルかもよ」
って感じでした。

つまり、「赤・茶」と「青」には遺伝子的に種として有意差があるということでした。
しかも個体の分布が赤、茶、青でそれぞれかたまって分布しているようでした。
なるほどなぁ〜、やっぱりそうだったのかぁ、進化の過程で赤・茶・青と分岐したのねぇ・・・


って思っていたのもつかの間、国会図書館に依頼してた鹿児島大学の方の博士論文が手元に届いて、この納得がくつがえることに・・・



国会図書館から届いた博士論文の一部>



岡野智和「本邦産サワガニ類の分類と生態に関する研究」2001、博士論文
http://ci.nii.ac.jp/naid/500000205750


ウェブ上で文献検索で見つかったんですが、内容のPDFはなかったので、国会図書館の複写申し込みをしたんです。
博士論文の単行本でしたので、著作権法の問題で50%以上コピーできませんので、事前に目次を見て、必要な箇所だけ複写依頼しました。
この論文は2001年3月に大学に提出されていますので、先の英語論文より数年後になります。


この博士論文によれば、まず鹿児島付近のサワガニはトカラ列島以北にしか生息しておらず、それ以南は別種のサワガニになるとのこと。実は本州・四国・九州にはサワガニは一種類しかいないのですが、鹿児島より南の島嶼部には多くの種のサワガニがいるのです。おそらくもともとは1種だったんでしょうが、島に分かれて孤立してからそれぞれ独自の進化をしたようなのです。


で、鹿児島県とトカラ列島以北のサワガニはどうかといえば、体色で分けると赤と青の二色が分布しています。体色以外の甲羅の幅、脚、爪の大きさなどではもっと様々な特徴があるようですが(個々の形について分類がこの論文には記載されてる)、このへんは割愛します(話が複雑になっちゃうからね)。

で、赤と青のサワガニの分布は以下の通り



<鹿児島県内にサワガニの体色別分布>
※ピンク蛍光ペン・・・体色赤/青の蛍光ペン・・・体色青/茶色の蛍光ペン・・・体色茶 で分類


そして甑島(こしきじま)と大隅半島の上祓川では赤と青の個体が混在して居るという、今までの研究結果とはどうもことが書いてありました。いままで読んだ論文では体色赤と体色青とは地理的に離れているケースばかりでしたので・・・


そして各採集地点のサワガニの体色は以下の表のようです。


<各採集地点のサワガニの体色>


上の表で、上の四角で囲んだひとつ(採集地点11)は大隅半島の上祓川、四角で囲んで下三つは甑島のものです。
著者はこれらのサワガニの遺伝子解析を行って求められた結果から個々の集団間の遺伝距離(D値)を求めてデンドログラム(系統図)を作成しています。
要は遺伝子的に如何に似てるか、この集団が以前属していた集団がどこでどこから分岐したかを遺伝的に解析するものです。
結果は以下の図・・・



<近接結合法により作成したサワガニ地方集団間のデンドログラム>
※図中の蛍光ペンピンクは体色赤、蛍光ペン青は体色青を示す。



<上図のB群だけ拡大した図>


上記のデンドログラムによれば、
 ・屋久島のサワガニ(青)・・・A群
 ・九州南部・長島・種子島のサワガニ(青と赤)・・・B群(黄色い蛍光ペンで囲んだ範囲)
 ・甑島のサワガニ(青)・・・C群(黄色い蛍光ペンで囲んだ範囲)
 ・甑島のサワガニ(赤)・・・D群(ピンクの蛍光ペンで囲んだ範囲)
 ・宇治島・黒島・口永良部島のサワガニ(青と赤)・・・E群
となります。


ここで目をひく点は、
 ・B群(九州南部・長島・種子島)では、「1Rの個体種より下はほぼ体色が青」、「4Rより下は全て体色が赤」です。
 ・B群の1R(甲突川・赤)よりの下のA群(屋久島)とC群(甑島・青)の体色は全て青
 ・D群(甑島・赤)はC群(甑島・青)とだいぶ離れていて、D群(甑島・赤)はB群よりも上からの派生である。
という点です。


ここで、甑島の同じ場所で採れた青のサワガニ(C群)と赤のサワガニ(D群)は遺伝的にはだいぶはなれた亜種であることがわかります(たまたま同じ場所に生息していただけ、たぶんこの場所にやってきた時期が違う)。


逆に大隅半島の上祓川のサワガニ(B群の11R(赤)と11B(青))は非常に近接しています。つまり体色が違う以外は遺伝子的にほとんど差異がないということです。


さらにB群の1R(甲突川・赤)と4R(新川・赤)のところで、「1Rより下は青系統」「4Rより下は赤系統」と大きな意味では差異がありそうですが、とはいえ赤系統の4Rの下に11B(上祓川・青)が出てきたり、また、1Rより下の青系統で21R(小浜川・赤〜中間型)22R(汐見川・赤〜中間型)23R(唐隈川・赤〜中間型)などの赤系が出現しています。


このように見ていくと、赤い色素を作れない(アスタキサンチン生成欠損)ってのは「遺伝的に失うとその子孫は絶対に赤い色素を作れない」というタイプの遺伝的要素ではないのではないかともとれます。
この辺はまだまだ研究が足りていないようですね。


なお、論文中では上祓川の赤と青のサワガニについてと、甑島の赤と青のサワガニについてはこのように記載しています。



「上祓川の集団の赤色型(11R)と青色型(11B)のD値は0.006と非常に小さい値であり、両体色間に遺伝的差はほとんどなかった。」
(ピンク蛍光ペン部の記載)



甑島赤色型と甑島青色型はそれぞれ別の系統に分類され、体色により異なる遺伝的特性を示したが、他地域では体色による遺伝的な差異は認められなかった。」
(ピンク蛍光ペン部の記載)


さらに本論文の著者は考察の中で以下に述べています。


「サワガニの遺伝的な分化については、菅原・蒲生(1984)、Nakajima and Masuda(1985)、Aotsuka et al.(1995)、Ikeda et al.(1998)の報告があり、体色変異は遺伝的な分化を表す形質であることが示唆されてきた。しかし、本研究では少なくとも九州本土では体色変異と遺伝的な分化とは必ずしも一致せず、形態的にもほとんど差が認められなかった。他方、地理的に隔離された島嶼集団には、遺伝的な分化が認められ、形態的にも相違があった。」
(ピンク蛍光ペン部の記載)



甑島の青色型と赤色型は本土系統と島嶼系統にそれぞれ分類され、同一地域に生息しているにも関わらず遺伝的に大きく離れており、形態的にも生殖器官である雄の第1腹肢が明らかに異なった。また、遺伝子頻度においても置換が起きている遺伝子座が確認され、両体色型には生殖隔離が成立していることが示唆された。この甑島青色型は、新しい時期(40-2万年前)に形成された陸橋を伝って本土から侵入してきた集団と推察された。」
(緑蛍光ペン部の記載)


とありました。本土部の赤と青の体色の差は遺伝的にあまり大差がなく、甑島のほうはたまたま青い集団が後から入ってきてそれが先にいた赤い集団と生殖ができない(ハイブリッドが生まれない)ために両集団ともに混血が生まれなかったということですな。


ますます、体色と遺伝子的な差異がようわからなくなってきました。
こりゃ、体色の要素ってのはあまり大きな遺伝子的差異で変わるわけではなく、赤い色素を作れるか否かの要素ってのはわりと簡単でどっちかにぶれるってことですな。
こりゃ、もうサワガニだけじゃなくて、甲殻類全体の発色の原因について勉強しないとどうも全体が見えてこないようです。
サワガニに限らなければいろんな色のカニ・エビがいますからねぇ・・・
これらについて、もうちょっと勉強してから、もう一度サワガニにもどってくるしかないかな・・・


ということで、市立図書館でカニ・エビに関する本を何冊か借りてきました。
とりあえずこれらに目を通して見よう・・・


カニ・エビの本の写真(あとで貼る)」
<図書館で借りたカニ・エビの本>


ということでまだまだサワガニの体色の探索は続けますが、一応、ブログはここで一旦切ります。
長い間、ご静聴ありがとうございました。
お後がよろしいようで(笑)