ロバのコラム

『ロバのティールーム 』 https://www.robanotearoom.com のコラムです。

甲武信鉱山採集行 その4 <採集品>

前回の続きです。


甲武信鉱山採集行 その3
http://d.hatena.ne.jp/damascus/20111104


さて、前回まで甲武信鉱山採集行を書いてきましたが、今回は採集品について書きます。


その前に、甲武信鉱山ってどんな鉱山?ってとこから書いてきましょうか…
甲武信鉱山は、その名の通り、甲州山梨県)、武州(埼玉県)、信州(長野県)のみっつの国(県)にまたがる場所(長野県川上村)にある鉱山で、場所的には奥秩父の山々の主脈である甲武信岳国司ガ岳の北麓にあります。


甲武信鉱山は、地質的には中生代ジュラ紀後期の川上層群に、南方の花崗岩貫入による熱変成用がおきて出来たスカルン鉱床です。
スカルン鉱床とは、熱変成の中でも石灰分(カルシウム分:Ca)を多く含む地層が熱変成を起こすときにできる鉱床で、主にカルシウム分の多い鉱物が産生します。この川上層群が石灰分(カルシウム分:Ca)を多く含む地層であったということです。
カルシウム分の多い地層に、金属分を溶かし込んだケイ素分(Si)の多い熱水が接触すると、カルシウム、ケイ素、金属を多く含む鉱物ができるわけです。


参考
スカルン鉱床
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%B3%E9%89%B1%E5%BA%8A
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%B3
http://www.geocities.jp/unkonshi21/skarn.html


熱源である花崗岩は奥秩父山脈の主要部分を構成する岩石で、その周辺部分は花崗岩によって堆積岩がヤケドした際にできた鉱床が多く存在します。
ボクのブログをよく読んでくれている方はすでにお気づきでしょうが、ボクがよく行く秩父鉱山も実はスカルン鉱床です。秩父鉱山とこの甲武信鉱山は直線距離で10キロぐらいしか離れていないんです。ですので、両鉱山ともに産出する鉱物は似通っています。


なお、山梨の水晶産地は花崗岩地帯の分布しており、この地域は、奥秩父山脈を中心とした花崗岩地帯と、そのまわりの堆積岩と花崗岩接触した部分にある金属鉱山、という大雑把なイメージでボクはとらえています。


まあ、前置きが長くなりましたが、採集品をば…


※写真の説明で「産地:貯鉱場」とあるのは1日目の貯鉱場で、「産地:山」とあるのは2日目の登山よる採集で採ったものです。

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1.ベスブ石 Vesuvianite Ca10Mg2Al4(Si2O7)2(SiO4)5(OH)4

言わずと知れたここの名物です。
ここのベスブ石は日本離れした大きさのものが採れるっつうことで有名です。
以前、ここの大きなベスブ石を購入したことがあって(2cm大のほぼ完全な結晶)、すげ〜楽しみにしてました。
結果、採れたのはこれ↓


<ベスブ石 <産地:山>>


思ったよりは採れなかったなぁ
その中で良品はご覧の通り↓



<ベスブ石良晶 <産地:山>>


一応、アタマ付きも採れて、大きさは1cm以下ってとこでしょうか…。


このベスブ石は、ベスビオス火山で初めて発見された鉱物で、縦の条線がとっても綺麗な鉱物です。そして、典型的なスカルン鉱床から産する鉱物であり、もちろん秩父鉱山でも採れますが、


この甲武信鉱山のベスブ石の美しさ・巨大さには遠く及びません。


ベスブ石
http://www.weblio.jp/content/%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%96%E7%9F%B3

                                                                                                                                                              • -


2.灰鉄石榴石(かいてつざくろいし) andradite Ca3Fe2(SiO4)3


この鉱物も典型的なスカルン鉱床の鉱物、脈石をなしており、結晶がしっかりしていないものならいくらでもあります。その名の通り、カルシウム(灰)と鉄分に富むざくろ石です。ザクロ石といってもピンと来なくても、ガーネットといえばピンと来る人もいるはず、そうガーネットはザクロ石のことです。


↓貯鉱場で見つけた大きな結晶、径は2cmくらいでしょうか…(ちょっときたないが・・・)



<灰鉄石榴石 <産地:貯鉱場>>


↓貯鉱場で見つけたもの、白いのは方解石、結晶のまわりの茶色いのもすべて灰鉄石榴石です。適当な隙間がないと結晶は成長せず、ただの茶色い脈状の石になります。



<灰鉄石榴石 <産地:貯鉱場>>


↓同じく貯鉱場でみつけた比較的キレイな結晶



<灰鉄石榴石 <産地:貯鉱場>>


2日目の山のズリでみつけた結晶、こっちのほうが貯鉱場のものよりキレイかな・・・



<灰鉄石榴石 <産地:山>>


灰鉄石榴石
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%B0%E9%89%84%E6%9F%98%E6%A6%B4%E7%9F%B3
http://www.weblio.jp/content/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%88

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3.灰鉄輝石 hedenbergite CaFe2+Si2O6


これも典型的なスカルン鉱物、もちろん秩父鉱山でも出ます。
ただ立派なものとなると、国内でもこの甲武信鉱山の産がトップクラスでしょう。


↓1日目の貯鉱場で採集したモノ、白い方解石に埋没している青銅色のマッチの軸のような鉱物がこの灰鉄輝石です。



<灰鉄輝石 <産地:貯鉱場>>


↓この標本をさらに拡大すると・・・



<灰鉄輝石(拡大) <産地:貯鉱場>>


こんな感じ、ちなみに右端の茶色い結晶は前出の灰鉄石榴石です。
塩酸につけて周りの方解石を溶かしちゃおうかな、とも考えていますが、この方解石はこれはこれでいい味出しているので、どうしようか迷っています。



<灰鉄輝石 <産地:山、坑道内>>


↑2日目の坑道採集で採れた灰鉄輝石、坑道内に灰鉄輝石の脈があってそれを掘ってこぼれたもの。まあ、普通は見向きもされないものでしょうが、採集してきました。
他の産地ではこのレベルでも十分に標本になるんだが・・・


↓2日目の山でもズリの中を乞食のように探してようやく1本見つけました。



<灰鉄輝石 <産地:山>>


灰鉄輝石
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%B0%E9%89%84%E8%BC%9D%E7%9F%B3
http://www.weblio.jp/content/%E7%81%B0%E9%89%84%E8%BC%9D%E7%9F%B3

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4.へスティング閃石 Hastingsite NaCa2(Fe2+4Fe3+)Si6Al2O22(OH)2


この鉱物もここの名物ですな。
ホント髪の毛みたいにもっさりとした感じの結晶です。



<ヘスティング閃石 <産地:貯鉱場>>


<ヘスティング閃石 <産地:山>>


↓拡大した写真はこれ。



<ヘスティング閃石 <産地:山> の拡大写真>


へスティング閃石
http://www.weblio.jp/content/%E3%83%98%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E9%96%83%E7%9F%B3
http://www.dasabou.jp/223%20Hastingsite.htm

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5.珪灰石 Wollastonite CaSiO3

この珪灰石も代表的なスカルン鉱物のひとつで、もちろん秩父鉱山でも出ます。
貯鉱場で見つけました。



<珪灰石 <産地:貯鉱場>>


珪灰石 CaSiO3 のカルシウム(Ca)がマンガン(Mn)に置き換わると、バスタム石 (Mn2+,Ca)3Si3O9 になります。バスタム石は秩父鉱山では確認されており、ぼくがよく行く秩父鉱山の六助鉱床はバスタム石の名産地です。


関連ブログ
2009年9月7日 「六助探索行<1>」
http://d.hatena.ne.jp/damascus/20090907


また珪灰石の親戚にソーダ珪灰石(ペクトライト)NaCa2Si3O8(OH)というものがあり、こちらはカルシウム(Ca)の一部がナトリウム(Na)に置換した化学構造の鉱物ですが、スカルン鉱床のような熱水鉱床ではまったく産出せず、蛇紋岩地帯などの塩基性アルカリ性)の火成岩地帯で産出します。


関連ブログ
mixiコミュのミニ採集会@南房総 <参> 嶺岡林道」
http://d.hatena.ne.jp/damascus/20100329


珪灰石
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8F%AA%E7%81%B0%E7%9F%B3
http://www.weblio.jp/content/%E7%8F%AA%E7%81%B0%E7%9F%B3

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6.曹柱石 Marialite Na4Al3Si9O24Cl


柱石と言うべきかもしれません。
柱石のうち、ナトリウム(Na、ソーダ=曹達)分が多いものを曹柱石、カルシウム(ca、灰)が多いものを灰柱石<Ca4Al6Si6O24CO3と>呼んでいますが、この甲武信鉱山では、曹柱石と灰柱石の両方が産出しています。
両者は肉眼では区別できません。
ですが、それでもこの産地では曹柱石の方が多いようですので、あえて曹柱石としておきます。


このように、鉱物の形状が似通っていて、両方が同じ場所で産出する場合には、間違って同定することが多々あります。例えば秩父鉱山で産出する毛状の金属鉱物である毛鉱とブーランジェ鉱。最近まで秩父鉱山の毛状鉱物は毛鉱であるとされてきましたが、分析の結果、圧倒的にブーランジェ鉱のほうが産出が多いことがわかってきています。


毛鉱
http://www.weblio.jp/content/%E6%AF%9B%E9%89%B1
ブーランジェ鉱
http://www.weblio.jp/content/%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E9%89%B1


話がそれましたが、ここの曹柱石は国内でも結構有名、まあ名物と言ってもいいでしょう。
それでも昔よりは採れなくなっているようです。甲武信鉱山登山コースで斜面をさまよい歩いていたら、たまたま曹柱石がリッチな場所にたどりついて採集してきました。



<曹柱石 <産地:山>>


↓拡大すると…



<曹柱石(拡大) <産地:山>>


一応アタマ付きですわい。
ちなみに曹柱石のすぐ横の黒くて四角い結晶は、前述の灰鉄輝石です。


曹柱石
http://www.weblio.jp/content/%E6%9B%B9%E6%9F%B1%E7%9F%B3
灰柱石
http://www.weblio.jp/content/%E7%81%B0%E6%9F%B1%E7%9F%B3

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6.水晶(石英) quartz SiO2


言わずと知れた石英の単結晶、実は甲武信鉱山は水晶の大産地です。
しかも、変わり種水晶が多い産地として有名です。
インクルージョン入りやら、松茸水晶やら、日本式双晶やらいろいろなタイプの水晶が採れます。


<参考>
インクルージョン入り水晶(一例)
http://mineralstreet.heteml.jp/QTZ903.html
http://mineralstreet.heteml.jp/QTZ079.html


松茸水晶
http://www.weblio.jp/content/%E6%9D%BE%E8%8C%B8%E6%B0%B4%E6%99%B6
http://www.istone.org/scepter.html


日本式双晶
http://www.istone.org/nippon-q.html


しかし、その割には水晶が異常に少ない・・・
たぶんあまりにも有名な産地であるため、水晶目当てで入山してくる方が多く、水晶があらかた取り尽くされているのかもしれません。
掘り返さないと出てこないんだろうなぁ、だから荒れるんですよ・・・


水晶は見た目わかりやすいので、初心者でもとっつきやすいので、総じて採集者人口が多い。
よって、水晶産地は荒れる、ってのが鉱物採集界のセオリーです。この産地でも御多分に漏れません。
前述(以前のブログ)の通り、実際に松茸水晶産地はかなり荒れていたし・・・


ボク自身は水晶にはあんまり萌えない・・・
どちらかと言えば金属とかの方が好きだからねぇ・・・
とはいえ、変わり種水晶ならそれなりに好きです。


ということで、少ないながらもいくらかは採れたので(掘り起こさず、表面採集しかしていないので・・・)



<水晶 <産地:山>>


ここの水晶は総じて中に何か入っているインクルージョンタイプですね。
中に入っているのは別の鉱物で、たぶん灰鉄輝石あたりだと思います。
つまりは、水晶の原料となるシリカたっぷりの熱水(熱水と言っても200℃とか300℃とか・・・、地中は圧力が高いので、100℃で沸騰しません)に鉄分とかカルシウム分がたっぷり含まれていて、水晶が成長しながら、もしくは水晶が成長する前に、中に含まれる鉱物が成長していくわけです。
こうして、水晶の中に別の鉱物が閉じ込められる。



<水晶(灰鉄輝石?のインクルージョン入り) <産地:山>


↑拡大するとこんな感じ、水晶の中に緑色の針状結晶がたくさん含まれていることがわかります。
針状結晶の密度が濃い(特に根本の部分)と、緑色の水晶に見えてきます。



<水晶(右端に結晶あり) <産地:貯鉱場>>


貯鉱場でみつけたもの、右端の方に水晶があるのがわかるかな?
拡大すると・・・



<水晶(拡大) <産地:貯鉱場>>


この水晶は、水晶の真ん中部分だけ緑色で、根本と上の部分が透明です。まわりにある小さな水晶も同じような感じになっています。
なんでこうなるかと言えば、成長の途中で熱水の成分が変わってしまったためです。
この水晶のできたときのストーリーはこうです。


1)岩の割れ目に熱水が来る
2)割れ目も岩の表面に二酸化ケイ素の結晶が析出し始める
3)水晶が途中まで成長したところで、灰鉄輝石?の析出も始まり、水晶に結晶が取り込まれる
4)灰鉄輝石の析出が終わり、その後二酸化ケイ素だけの析出が続き、水晶の成長がとまる


途中で灰鉄輝石の析出が起きた理由はいくつか考えられます。


a)水晶の成長の途中で熱水成分の組成がかわる(途中でなんらかの理由で、鉄分、灰分の多く含まれる熱水に切り替わって、そしてまたシリカ分リッチの熱水に戻った)

b)水晶の成長の途中で熱水の温度が下がり、灰鉄輝石?の析出温度に達し、そこで灰鉄輝石?の析出がおこり、灰鉄輝石ができるために必要な鉄分・灰分を使い果たして(緑の部分の終了)、その後水晶の成長だけがつづいておこった


たぶん、b)のほうが正解だと思いますが・・・
ただ結晶化学の専門家じゃないので、間違っているかも知れません。
灰鉄輝石の析出温度(生成温度)だって知らないし・・・


詳しいひと、教えてください。

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6.方解石 calcite CaCO3


炭酸カルシウムの単結晶で、スカルン鉱床ではいくらでもあるものです。この方解石の多結晶体がいわゆる大理石(マーブル)ね。
こんなもんはめずらしくもなんともないのですが、一応透明なものもあったんで、採集してきました。
方解石は複屈折で有名です。


複屈折
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A4%87%E5%B1%88%E6%8A%98



<方解石 <産地:貯鉱場>>


方解石
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B9%E8%A7%A3%E7%9F%B3
http://www.istone.org/calcite.html

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あと、気になった鉱物をいくつか・・・



<緑簾石(かな?) <産地:貯鉱場>>



<灰ばんザクロ石かな?←ザクロ石のまわりの緑のやつ <産地:貯鉱場>>


一応、現時点でわかった採集鉱物はこんな感じ・・・
ひきつづき同定作業はつづいております。


以上、おしまい。